| 登録年度 | 1999年度 |
|---|---|
| 氏名 | 浅見 一義 (アサミ カズヨシ) |
| 部門 | 市民 |
| 性別 | 男 |
| 年代 | 70代 |
| 専門分野 | 生命、自然への愛着、水質 |
| 主な活動地域 | 神奈川県秦野市 |
| 主な経歴 | 国宝長野県茅野市中ツ原遺跡出土、仮面の女神の命名者、農民文学作家、森一歩氏との出会、お米と私(2010)自己出版。東西田原共有林組合理事、全国植樹祭関連事業実行委員長。山崎直子宇宙飛行士のアサガオを秦野市東幼稚園と岩手の子供で育てる。石垣島1771年明和大地震の確認。丹沢登山百年を歩くに参加、棚子を作る。 |
| 特記事項 | 地球温暖化防止推進員:アジアの地方自治体による国際シンポジウムへ参加、沖縄サミットプレに参加、湘南国際村にて。2002年ワールドカップ成功一周年記念相談役として秦野市の里地里山を育む会。湘南行政センター鋇川水系ネットワーク世話人会世話人として参加。秦野市環境基本計画初代座長・森林マスタープラン最終確認者・景観市民会議委員として2010・2020プランに参加、まちづく |
活動の紹介
東北の大動脈
山形県の歴史は約1万年前から縄文時代が始まり最上川の流域を中心に独自の文化や政治の基盤が築かれました縄文文化、高畠町、舟形町の西の前遺跡からは(縄文の女神)大型土偶が出土しました。出羽の国、平安時代初期まで出羽が置かれ、国府が置かれ沿岸部や最上川流域を中心に開拓と蝦夷との関係が深まりました、鎌倉時代以降は武藤氏や奥州藤原氏の影響を受け、南北朝時代には斯波兼頼が山形城を築城、戦国時代には最上義明が勢力を拡大し現在の現在の山形城を中心に約57万石の基礎的をきずいた、江戸時代には山形藩、米沢藩、庄内藩に別れ、米沢藩では名君上杉鷹山が財政再建や農政改革を行い、日本海側の庄内地方は北前船の寄港地として栄えました、県の誕生明治時代初期の廃案置県を経て山形県の形が整い三島通庸のもと道路網の整備や近代化すすめられた、サクランボ、蔵王、月山鳥海山吾妻、飯豊朝日と日本百名山数えられる山々、母なる川(最上川)市街地と農地や里山が綾を梨。自然と人間が調和し存在した、松尾芭蕉が43日山形で過ごしその旅は出羽三山を目指し心の旅ともいわれるようにいにしえの昔から山形県の精神文化の地とあがめられています、文化も少しずつ違い南から置賜地方、村山最上、庄内の4地区に区分されています、さくらんぼ、メロン葡萄、スイカ、桃。枝豆、林檎、柿、洋ナシ、米、牛肉、酒、ワイン、花笠音頭、温泉、若松寺、立石寺、慈恩寺、山寺。紅花染
農林水産の強化
青森県の歴史約15,000年前から縄文文化三内丸山遺跡など)に始まり、中世の港、十三湊の繁栄、江戸時代の弘前藩や青森港の開港を経て1871年(明治4年)廃藩置県により現在の形になりました三内丸山遺跡世界最大級の縄文集落、亀ヶ岡遺跡、遮光器土偶で有名な晩期文化の中心独自の文化圏農耕社会へ移行するまで、採取、漁労を基盤とした高度な定住文化が栄えました、安東氏と十三湊、日本海交易の拠点として、大陸や蝦夷地(北海道)との交易が栄えた、南部氏の進出、室町時代以降、南部氏が内陸部から北奥羽へ勢力を拡大、津軽氏の独立、戦国時代末期、大浦(津軽)為信が独立し、弘前藩の礎を築く、弘前藩の成立、津軽氏が弘前城を築き津軽地方。を統治、南部氏は師岡藩、八戸藩を築く、1626年寛永3年弘前藩主、津軽信枚が森山弥七郎に命じ、現在の青森市域に港町(青森)建設、地名は本町付近にあった(青い森)由来、北前船の寄港地、日本海開運の要衝として、物資と、文化の交流の拠点になる、産業と交通、リンゴ栽培の本格化や鉄道、青函連絡船の開通により北海道と本州を結ぶ要所として発展、陸奥の国、青森県の農業日本一を誇る林檎やニンニク、ごぼう等の野菜、米、畜産がバランスよく生産されています、林檎、ニンニク、ごぼう、の生産量は日本一ですよ、ホタテ、大間のマグロ、弘前、陸奥、深浦、板柳、北上山地、五能線。
AI、女性が発信できる町おこし
秋田県は約4000年前の縄文遺跡(大湯環状遺跡)などに始まり奈良時代平安時代には大和朝廷の北方の拠点として秋田城跡がおかれ、江戸時代には佐竹氏が久保田はん(秋田藩)を治める、明治の廃藩置県を経て現在の秋田県となっています、戊辰戦争では奥羽越列藩同盟から離脱し、新政府軍につき戦う(秋田戦争)明治4年1871年に久保田藩が(秋田藩に改称され、その後廃藩置県を経て秋田県が誕生しました、近代化鉱山業(小坂鉱山)や米ずくりが日本屈指の生産量を誇る地域として日本を支えてきました秋田県は国に指定の重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産に登録された男鹿のなまはげや西馬音内盆踊り、竿燈町り、や独自の食文化など豊かな伝統文化が色濃く息ずく地域です、秋田提灯祭り、 横手のかまくら、西馬音内盆踊り、大館曲げわっぱ、川連漆器、樺細工、郷土料理、食文化、きりたんぽ鍋、いぶりがっこ、など、また観光地では日本一深い湖、田沢湖角館の武家屋敷男鹿半島のなまはげ館、農林水産分野日本有数の森林面積を誇る林業(杉の生産)あきたこまち、さきほこれ。米作り、製造業では電子部品デバイス産業では県内産業を由利本荘地域などを中心に工場が集中しています、また再生エネルギーでは風力発電や森林資源を活用したクリーンエネルギーのどうにがすすんで国内発祥の洋上風力発電がすすんいまして商業運転がすすに新エネルギー産業拠点化が進められています、若者や女性ができるIT産業進出に力を注ぐ、猪苗代湖、会津若松、磐木。由利本荘、鳥海山、湯沢と大館。
歴史的観点の見直し
岩手県縄文時代から始まり古代蝦夷と朝廷の対立中世の大洲藤原氏により平泉文化の栄華、そして明治時代の県域確定へとツ図板豊かな自然の中で縄文時代が栄え、弥生時代には胆沢平野などで稲作が行われた、朝廷の朝廷のの侵攻にたいし蝦夷の指導者アテルイから抵抗され坂上田村麻呂が派遣される胆沢城や志波城などの拠点が築かれ朝廷の支配下になる、平安時代には阿部氏、清原氏そして、奥州藤原氏がこの地域をおさめる、平泉文化、現在の平泉町周辺には中尊寺金色堂などが建てられ独自の仏教文化が開く、鎌倉室町時代には源氏による奥州征伐後南部氏などの武家が勢力を拡大明治維新戊辰戦争のはいぼくを経て藩の変遷が進み1872盛岡県が岩手県に改称される、1876年気仙沼、二戸などを編入して現在の県域が完成、特産品、南部せんべい盛岡冷麺森岡じゃじゃ麺、乳製品、ブランドわんこそばごま入団子肉、カゴメの卵三陸わかめ、ウニ、アワビ、ホヤ、岩泉用グルト、前沢牛、岩手南牛、など林檎、滝沢スイ、山ぶどう、葡萄スイカなどが有名です、自動車産業、半導体など、農林水産業。山田町
塩川町の歴史から町おこし
福島県塩川町は、かって耶麻郡にあった町で2006年1月4日に喜多方市及び耶麻郡熱塩加納村、山都町、、高郷村と合併し、新しい喜多方市しに一部になる。塩水が湧き出る(お清水)地名のゆらいです歴史ある地域です、阿弥陀寺御殿場公園の桜駒形神社、塩川物産館御殿場公園の花菖蒲、丸万食堂、楽天料理亭、旧米沢街道塩川宿、綱取城跡、阿賀川や日橋川の船運と、会津五街道の米沢街道の宿場町として江戸時代初期から物流の拠点として栄えました地名は新潟から阿賀川を通じて塩が陸揚げされたことに頼します、喜多方市は札幌ラーメン、博多ラーメンとならんで日本三大ラーメンで有名です、日本酒、漆器、竹細工、お米、アスパラガス、そば、喜多方ラーメン、人口46,000世帯数17,000面積役5555平方メートル、約70%山林しの中心から南部にかけて平坦な地形で田園地帯がつずきます、福島県は赤瓦が特徴の鶴ヶ城や江戸時代の宿場町大内宿、五色沼、会津磐梯山など、いわき市、郡山市、福島市、が大きな市です。果実では桃、(あかずき、黄金桃、ブドウ、林檎、梨、林檎、あんぽ柿、野菜ではきゅりさやいんげんも作付け面積日本一です、お米はコシヒカリ天のつぶ、ひとめぼれ、里山のつぶ等を栽培されている、畜産に関しては(福島牛)
秦野から平塚へ。農業を盛んに!
神奈川県平塚市金目から明治時代に海外民権派青年猪俣弥八、弥八は若くしてアメリカにわたり35歳で亡くなったため、地元平塚金目地区でもその存在は全く去られていませんでした、猪俣弥八について明治元年生まれ、自由民権運動の盛んな金目で育ち、キリスト教入信、西欧の文学学びたいと希望を抱きアメリカに渡るオレゴン大学を卒業し、当地で日人唱家排斥運動や在米日本人労働者の労働環境の改善に尽力するが35歳の若さで同じ日本人労働者の凶弾に倒れた、弥八の生きた時代は明治維新を経て大日本憲法制定と帝国議会開催、日清、日露戦争を後年に控えた、この時代に弥八青年はキリスト教、西欧啓蒙思想に触れこれまで田畑を生業とする金目村とゆう伝統社会から宿場町老蘇さらに米国への渡航となった。
若者よ立ち上がれ、地方創生、四国は一つ、活力のある香川に
香川県は四国の北東部にあり南は寒き山脈、、きたは瀬戸内海で周辺には島々が点在していますここは八十八か所の霊場を巡る四国遍路の終着点でもあります、県庁所在地の高松市は戦国時代に建てられた高松城と栗林公園がある港湾都市です、栗林公園は、江戸時代に造園された公園です、鯉のいる池と、お茶室があります。香川県で有名なものはなんといっても讃岐うどんを筆頭に瀬戸大橋、金刀毘羅宮、小豆島、直島、などの観光スポット、丸亀城や醬油、オーブ、など多岐にわたりますうどん県とも呼ばれるほど名物のうどんが有名アートや自然を満喫できる島々、歴史的な建造物美味しご当地グルメ、特産品など多様な魅力を持つ県です瀬戸内海の絶景が見られるエンジェルロード、父母ヶ浜香川県にはうどん、うちわ、オーブ金時ニンジンなどが日本一ですね香川という名前は香の河から来ているといわれています昔香川の山のおくに樺川とゆうところがありその地域に樺木があってここに流れる川の水にかおりをうつして流れたことから香川になったと伝えられています。
若者よ立ち上がれ、地方創生、四国は一つ、活力のある愛媛に
愛媛といつう県名は、国の成り立ちについて奈良時代に書かれた歴史書に書かれた歴史書古事記の国生みの神話に出てくる愛比売にちなんでいます江戸時代の伊予国は、8つの藩と幕府直轄の天領に分かれており、8つの藩は伊予八県と呼ばれていましたが明治4年1871年の廃藩置県で伊予八県となりました、その後いしずち、神山2件になり、さらに1873年両県が合併して愛媛県が誕生しました、その後1876年から1888年の間は香川県と合併して愛媛県と名乗りましたが、再び分離し現在まで伊予の国1国の区域で愛媛県となっています、愛媛県は、日本有数の生産量を誇る蜜柑などの柑橘類、瀬戸内海と宇和海で獲れるたいなどの海の幸、道後温泉を代表にする温泉松山城、宇和島城、今治城などの歴史的建造物そして砥部焼き、今治焼き鳥、タイ飯日本三大カルス)では壮大自然景観を楽しむことができる、伊予かすり、、正岡子、夏目漱石、キウイフルーツ、生産量日本一です日本一伊予柑、ポンカン、河内挽柑、せとか、清見、はるみ、はれひめ、全国二、デコポン、レモン、全国三、八朔、ゆず、夏みかん、合計すると柑橘類では愛媛県が全国一ですよ、大洲市が日本初世界一を受賞グリーンデスティーションズを受賞、すごいことですね。
若者よ立ち上がれ、地方創生、四国は一つ、活力のある高知に
高知県は四国にあり、その大半が農村地帯で、山々、河川、太平洋沿岸のビーチで知られています、1600年代建立の高松城が有名ですこれは江戸時代の城のなかでも特に状態の良いものの一つです、また何世紀も続いている日曜日市では、食品や日用雑貨を売る何百もの店が軒をならべています、夏に開催されるよさこい祭りの間は色鮮やかな法被を着た踊り手たちで通りが埋まります、また高知と聞くと、幕末の英雄坂本龍馬、名物のカツオのたたき、壮大な景観の桂浜などがあります、自然、日本三大清流の一つ四万十川、仁淀川(、仁淀ブルー)、年間平均気温が高く日照時間が長く温暖な気候が特徴で森林面積が日本一の高知県、第一産業の割合が高く耕種が主で、畜産の比率は低い。しょうが、なす、ししとう、柚などが収穫量日本一です文旦も有名ですね、、歴史上有名な人々には板垣退助、やなせたかし、牧野富太郎、寺田寅彦、高知県の人柄ははっきりとした物言いや人なっこい性格の人が多い、室戸岬、足摺岬などの美しい岬など、
若者よ立ち上がれ、地方創生、四国は一つ、活力のある徳島に
徳島県は四国の東側にあり、本州との間には橋が架かっています、四国全土に点在する88か所の霊場があり1,200㎞に及びます、霊場の4分の1以上の寺院は徳島県内にあり剣岳国定公園の1部である祖谷渓は険しい渓谷、川の急流、シラクチカズラで造られたつり橋で知られています、徳島県はすだち、ゆこう生椎茸、春夏ニンジン、阿波踊り、養殖すじ青のり、カリフラワー、レンコンが全国で1番2番です、しらない国民がほとんどだと思います、全国に有名な阿波踊り、鳴門のうず、潮半田そうめん景勝地では渓谷大歩危小歩危、人形浄瑠璃、吉野川、徳島ラーメン、総理大臣三木武夫、藍染伝統的な製法を受け継ぐ職人によって高品質な藍染は日本一藍染料の産地として発展し、現在の(ジャパンブルー)を支えています。正藍冷染は現存する日本最古の染色技法で藍を栽培し、自然発酵させて染色を行う草木染もともと染色技法は中国から日本へ伝来し奈良、平安時代には確立されたもので日本各地で盛んに行われた(ダテ藍)です
地域を超え連携した活動
私達と協働で秦野市と平塚市金目川水系流域ネットワークで連携2001年ゴミだらけの川を恵豊な川に復活させることを目的とて地域住民活動を開始、水温、水質調査、生物調査、を目的を継続、夏休みには金目川生き物観察会を地域の小学生たちや保護者とやっています、また平塚市の小学校からの依頼があれば出前教室を行っています、夏休みの参加人数は200名位です、上流から下流へ。金目小学校、その他2校。
古代人の能力と交通そしてロマン
仮面の女神について再度ご案内いたします、およそ6000年前から3000年前に営まねた遺跡であります、5000年から3000年前までの間、縄文時代中期から後期に村として栄えた八ヶ岳から曲がれ出す、沢に挟まれた尾根の上に住居跡や墓穴、建物の柱穴、が重なりながら残されていました、か年土偶は道路脇にある、第70号土坑から発見さてました、今回神奈川県高座郡寒川町教育委員会からの委託で1点の土器調査依頼がありお受けいたしました、2年間の時間が経ちましたが、確認ができご報告いたしました、土器の命名蛇紋式土器、その後横浜国際博覧会、その他の展覧会に出展、多くのお客様に下まれています、ルーツを調べていくと尖石遺跡にルーツがあり全く似た土器がありました、長野、神奈川県の交流が各市場を通じて海、山とのぶつぶつ交換があったと思います、黒曜石もそうですね。。
生命力、自然の偉大さ
以前から樹木の巨大さに注目、なぜこんなに大樹になるのか、神奈川県足柄郡山北町中川箒沢集落 に巨大な箒杉が存在いたします、樹齢2000年以上昔、禁令により6種類の材木、杉、ヒノキ、欅、もみ、つが、かや、は伐ることを禁じられていました、この杉は根回り18M,高さ45M、胸高さ12Mがあり大変な樹です、また全国にクスの大樹が存在いたします、鹿児島県姶良郡蒲生町に蒲生の大クスが存在いたします、推定樹齢1500年樹高さ30M、根回り33.57M、目通り囲み24.22Mあり幹の下廻は凸凹のこぶ状なり西方に約12M、南方に約10M、北方に約19Mにも広がり若芽を萌え出させています。
丹沢と仏教(道場)
丹沢は神奈川県の北西部に位置し、東西40キロ、南北20キロの範囲に広がる山なみは、深田久弥氏の100名山にも選ばれ人々に親しまれてきました、そこには蛭ケ岳、1672Mを最高峰に1000Mを超えるおよそ60座の峰々が連なり、変化に富んだ自然美と深く刻まれた多くの谷間があり深山霊谷の神秘さを形成し古くから信仰の山、歴史の山として修験者や兵馬の往来があり、そして今日ではその広大なぶななどの原生林は県民を支える水の源になっています。
文化、食文化を超え日本で実現
秦野市西田原の荒れ地、放棄地を開墾致しまして田畑に再度耕作できるように外国人が汗を流しています、朝早く、会社から帰り畑に、休みには家族の為に畑に20年が立ちました、今では蜜柑、柿。パパイヤ、キャサバ、唐辛子、ヘチマ、夕顔、瓢箪、野菜、などの作物を作れるようになりました、すごい努力をして汗をかき頑張る姿は素晴らしものがあります、日本人も学ぶところがあります、今ではラオス、カンボジア、ボリビア、ベトナム、ペルーなどの方々も耕作するようになりましたまだ彼から田畑を耕作する方が増えますね、顔が生きてますね。
貧しい子供たちも元気ですお応援お願します
ラオス子供の家財団との連携事業2019年にラオス政府から認可された財団は、日本でいうと(NPO法人)に類以した非営利の社会貢献活動団体です、同年7月に私達も参加してビエンチャンで設立記念イベントを開催し、以後、当面の活動として、奨学金事業を進めています、小学校から専門学校生を対象にしています、また、ビエンチャン県での小学校事業にも着手し、中央子供センター退出後のサイロム地区で、乳幼児保育事業開始を目指しています、モン足族の伝統刺繡~村の女性の仕事サポーター、子供達、に図書館で本を読んでもらいたい、安井清子さんの活動を応援しています、安井さんは、タイ領内のラオス難民キャンプでの児童図書館活動以来、長年にわたってモン族の民話などを記録紹介、3か所で3か所で村の図書館を運営しています。
知らないラオス紹介
ラオスってこんな国、ラオス大好き、ほとんど知られていない国ラオス、周りを5か国に囲まれ海に面していない、山が多い国ですが、メコン川が南北を貫いて平野部を形成しています、お米と米麵、フランスパンがおいしくハーブがいっぱいのサラダや米麵はヘルシー。国産ビール(ビオラオ)は世界3大美味という人もいます、面積24平方キロメートル、人口710万人、首都ビエンチャン、民族全人口の約半数以上を含む約50民族、言語ラオス語、宗教、仏教、主要貿易品目:輸出(電力、金、金鉱石)輸入機械類、デイーゼル、車両、主要貿易相手国、タイ、中国、ベトナム、通貨キープ(Kip)在留法人833人、在日ラオス人2917人、
第45回アジアの祭典
第45回アジアの祭典、チャリティーバザー開催アジア。太平洋26か国の協力もと開催され。当日の収益はすべてバザー参加国の福祉。教育支援、災害支援の為に使われます。今年の大使館代表は駐日インドネシア大使夫人、副代表は駐日ミクロネシア大使夫人です。大使館」ブースが多数出店死なしたので楽しかったです日本ブースでは高知県のご協力により同県の観光、特産品の紹介物産の販売をしましたメンバー国、ラオス、オーストラリア、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、フィジー、マーシャル諸島、ミクロネシア、モンゴル、ネパール、サモア、スリランカパプアニューギニア、タイ、べトナム、その他
秦野市 ラオスのスポーツ大会
スポーツで国際交流、神奈川県秦野市のなでしこ運動公園にて5月5日、スポーツ大会を開催ラオス人を中心に280人が参加しました主催秦野市里地里山を育む会、私し浅見一義です、市内在住のラオス人、カンボジア、人が所属している同会、市内に住む外国籍の人が農作業を通じて親睦を深め食を楽しめる場を作るために活動している、当日、ラオス大使館から8人神奈川県ラオス県人会から会長他10人280人が参加秦野市国際交流協会や拓殖大学からもさんかがありました。スポーツ大会ではサッカーやペタンクなどの競技が行われ、盛り上がりました、身体を動かした後は、親睦の為にバーベキュー大会も開催、最後に参加全員でかいじのごみ拾いをして大盛況のイベントは終わりました、国籍や人種関係なく交流が出ました、
カンボジア、による高齢者宅の枝おろし
2月12日秦野市の里地里山を育む会、会長浅見一義に秦野市西田原のご年配の方の依頼を受けて西田原に拠点に活動する同会に依頼が入る、剪定作業は難しくても近所の迷惑にならないに奥さんが落ち葉かきをしている様子を同会は知っていましたから、私達は枝降しを受けました、我々の会の仲間はチエンソウで安全を確認しながら切断、切断した樹木は10人のカンボジア人が安全を確認速に空き地に移動、太さ60㎝高さ12m位の樹木を10本枝降ろし完了、最後に道路上のゴミを整理完了、日当たりも良くなる近所からもよろこびの声が飛びましたカンボジア人が中心になり良くやってくれました、日本人の私も感謝です、日本人のお手本ですね、近所同士で助けあっていくことが大切ですね。
自己研鑽
新潟県佐渡市の研修調査、特に海産物、海流、農産物、お米、動物、食文化、歴史、文化、などなど全国の皆さんにわかりやすく、身近にお伝えできればと思っていますテレビ放映や新聞以外にもっと違った、場所から見てみます、青森県の林檎の品種改良、糖度、輸出に関しても調査します、林檎の木村さん、弘前大学との関係、奥さん、
交流会
難民対策連絡調整会議、外務省、厚生労働省、出入国在留管理庁、文化庁、NHK、が参加文化交流をしました、多くの方の参加者があり、楽しく、笑いあり、ラオス、タイ、ベトナム、カンボジア、ミヤンマー集う喜びを皆さん感じられていました、日本人も(人種の色と地の境我が立つ前に差別なし。)
密柑栽培
カンボジア、ラオス、タイ、ネパール、ベトナム、ボリビア、ペルー、台湾、ブラジルの方々と蜜柑、柿、野菜、などの畑を開墾しつつ、18,000㎡完成蜜柑、柿、5年目に入り果実がなり始めました、異国の方々の喜びは大変なものです、自ら朝早く、休みの日など畑に行き頑張っています、日本人も負けます
密柑作付け視察
愛媛県に蜜柑(日の丸蜜柑)作付けの視察他、研修に参加(宇和島の蜜柑)小粒ながら酸味甘味も濃く美味い蜜柑でした、作付けの場所は秦野と違い急斜面に蜜柑畑があり、日照りも良く海からの潮風も吹き、美味い蜜柑ができる、水捌けも良く、特に空気の滞留がないことが最高ですね、立地条件が最高。
銀河系2022開催
10月22日JAXA相模原にて銀河系2022開催される、北海道大気町町長、長野県佐久市市長、鹿児島県内之浦肝付町町長、相模原市市長、岩手県大船渡市市長、JAXA相模原所長、副所長、宮城県角田市市長、素晴らしい発言を頂きこれからの日本が世界に向けての責任役割をお互いに確認し大盛況に終る
2021年度活動実勢報告提出済
2021年度活動実勢報告提出済
2020年度活動実績報告提出済
2020年度活動実績報告提出済
2019年度活動実績報告提出済
2019年度活動実績報告提出済
2018年度活動実勢報告提出済
2018年度活動実勢報告提出済